2008年夏、山城高校の中田好則先生と生徒5人はドイツの姉妹校、フィルダーベンデン校を訪問されました。
 その時の「ドイツ訪問記」をご寄稿いただきましたので、ご紹介します。

    

 
    ド イ ツ 訪 問 記  
                                         山城高校教諭 中田 好則

エルツ城をバックに 

交流プログラム
 
 2008年8月8日から17日までドイツ・ノルドライン・ヴェストファーレン州にあるMoersという町を訪れました。当初山城高校の生徒10人を連れて行く予定でしたが、予算の都合で5人だけの小訪問となりました。この訪問はMoersにある姉妹校、ギムナジウム・フィルダーベンデン校との交換プログラムの一環です。
 このプログラムは学校評議員の中村さんご夫妻が、2000年にイタリアのフィレンツェで、フィルダーベンデン校で日本語クラブを担当するザビーネ先生に偶然出会ったのが始まりです。
当初は両校生徒が文通やメール交換をする程度でしたが、2004年秋、当時の橋本陽生校長がドイツ訪問団の受け入れを決め、私、中田が二週間の交流プログラムを書きました。その後、毎年お互いに訪問し、今回が我々の二回目のドイツ訪問となったのです。

ホームステイ

プレゼン発表の後、挨拶
  (フィルダーベンデン校で)  
 
 
 フィルダーベンデン校での交流もさる事ながら、生徒一人一人が10日間ホームステイさせてもらったことは非常に有意義でした。生徒の感想を聞いても、ホームステイできたことがよかった、という声が多いようです。その理由は大きく二つ考えられます。まず、ホストファミリーと英語や片言のドイツ語で何とかコミュニケーションできたということです。心が通じ合うという経験は、人間にとって根源的な出来事なのではないでしょうか。教室で学ぶだけの語学ではなく、生きて、感じて、生活する中で使用する言葉は、外国語であるかどうかを問わず、心に響くのでしょう。 もう一つの理由は、知識の得方にあると言えます。ドイツの文化や歴史はかくかくしかじかです、と教科書に書いてあることを覚えるだけでなく、五感を使いながら、自分なりの知識を獲得した経験が大きいのだと思います。

左からザビーネ先生、エルケ先生、ホフマン校長、
私、ニーセン先生  (クサンテンで)

学習プログラム
 
 
 今回のフィルダーベンデン校訪問では、ルール地方の構造改革を学ぶことを一つのテーマにしました。
Moersはライン川の西、ルール川沿いに広がるルール工業地帯の西の端に位置します。石炭と鉄で栄えたルール工業地帯も、70年代以降、斜陽の時代に入ります。この地方一体を文化芸術発信センターとして蘇らせようとしているのです。特にエッセンでは、デザインセンターを設立し、世界中からデザイナーを集めようとしています。ケルンやミラノ、パリ、ローマなどに比べると歴史的遺産に乏しく、今のところ、デザイナーにとって魅力ある町とは言えないのですが、それでも、豊かな森や川を利用して、新しいイメージを売りだし中なのです。 
   フィルダーベンデン校で、ルール地方の地理を勉強し、実際にドゥィスブルクやエッセンを見学、さらに製鉄の方法を化学の授業で理解し、廃止された高炉を見学したりして理解を深めました。ルール川にできた人口湖では遊覧船が走り、一大リゾート地としてエッセンが変りつつあることがよく分りました。
 さらに、英語の授業では、コミュニケーション・ツールとして英語を学習する場に実際に入り、日本とは違う、ギムナジウムの英語学習を体験しました。ドイツ人生徒が即興で会話をしていく様子には、みなとても驚いた様子でした。知っている単語の量も違うのでしょうが、決定的に違うのは使える単語の量です。日本では、簡単な単語を使いこなしてコミュニケーションするよりも、難しい単語を覚えることが奨励されます。大陸では、語学はコミュニケーションのための道具と位置付けられているのです。  
 
 
歴史的遺産
 
Moers市表敬訪問(市長さんと)
 
 
 ドイツ人生徒や先生と一緒に、Moersの街や古代ローマ帝国が築いたクサンテンのキャンプ跡、ケルンの大聖堂などを訪れました。案内は、フィルダーベンデンの歴史の先生、Dr.ニーセンです。ヨーロッパの形成に古代ローマ帝国やキリスト教がいかに影響力を持ったか、また、スペインやオランダ、フランスの影響がいかにドイツの文化に多様性をもたらしたのかもよく分りました。例えばデュッセルドルフとケルンは比較的近い位置関係にあるにも関わらず、全く違う文化を持っています。カトリックとプロテスタントの影響力の差が根本にあるようですが、身近なところではビールも全然違います。お互いに自分の町のビールを誇りに思っており、「ビール戦争」が有名だそうです。また使う単語が違うという事実も新鮮でした。このように町が独特の文化を持っていることは、過去に様々な文化圏にあった名残と言えるでしょう  

フィルダーベンデン校で昼食

今後の交流
 
 
 フィルダーベンデン校では2010年に日本語がアビトゥーア(大学入学資格)科目の一つになります。そういうこともあり、ホフマン校長はこの交流プログラムに大いに乗り気です。 来年はドイツが来る番ですが、ホフマン校長もじきじきにおいでになるとのことです。日本では、国際交流というとまだ壇上で握手して写真を撮るだけというイメージが強いのですが、われわれのプログラムではホームステイを中心に、ありのままを見せる、友達として付合う、というコンセプトが前面に出ます。ホフマン校長はこういう面も高く評価されているようです。 
   今後の展望として、このプログラムを進めるにあたり、三つ課題があると思います。一つはドイツ訪問団が来た時のホストファミリー確保です。日本では住宅事情もあり、必ずしもホストファミリーを探すことが容易ではありません。ルームシェアでも構わないので、ホストファミリーをしていただけるご家庭を募りたいと思います。
 二つ目は短期留学プログラムの充実です。ドイツ人生徒の中に、山城高校への留学を希望する者が何人かいます。過去に二人、留学生を約4ヶ月間、受け入れたことがあるのですが、4ヶ月という期間では、ホストファミリー探しが難航することが予想されます。そこで来年度は、1ヶ月に絞って留学生を受け入れる予定です。そのためのホストファミリー探し、日本語プログラムの充実が求められます。

Moers市を散策
 

ケルン大聖堂前で

 最後にお金の問題があります。今回はダイムラー社がスポンサーになっている「たけのこプログラム」が利用できました。ほぼ航空券の全額を持ってもらいました。たけのこプログラムは新規に交流事業を立ち上げる高校を中心に援助しています。次回、三回目となるわれわれのプログラムにどの程度の援助があるか、予想できません。今後は資金面の問題も出てくると予想されます。
 
 
最後に  
 
ボートで湖を遊覧
 

 様々な課題を持ちつつも、日独の若い人達が、自然な姿で交流するこのプログラムは非常に価値のあるものと思われます。ともすれば、外の出来事に背を向け、内輪の細かい点をつつくことに終始しがちな日本社会にあって、外国に友人を持ち、ひいては異なる視点を持つことはとても大切なことだと思います。今後とも、われわれの交流プログラムにご理解とご協力をいただき、国際化時代を生きる若者を一人でも多く生み出せるよう、ご尽力いただきますよう、お願いいたします。 
 
     



「山城高校と草の根交流3年目」・2007年の日本での交流