【 会員便り 第4回 】
          
 今回は京三中29回卒業 松原健次郎さんに再登場願いました。
 尚、松原さんの…鳴呼、「我等の京三中時代」…は3回シリーズで掲載します。
 
 
  
〔掲載順〕 〔掲載日〕 〔卒業年〕 〔卒業回数〕   〔 氏 名 〕       〔タ イ ト ル 〕
第 4 回 2008. 9. 1 S13年 京三中29回  松原健次郎  鳴呼、「我等の京三中時代」                〜シリーズ@〜

 
            鳴呼、「我等の京三中時代」      〜シリーズ@〜  
       

「京三中・山城高同窓会創立百年記念誌」を拝読し、投稿された方々の
真面目な熱意溢れる文章を拝読し、脱帽した一人である。
 特に30回から38回卒の生々しい戦争体験談には深い感銘を受けた。
同時に20回代の卒業生の投稿が少ないのに気がひけたので、少々、思い
出を追加する。
老骨の拙文、紙面の許す限り御辛抱願いたい。


在学五ヶ年で特に印象の深かったこと

 (1) 昭和8年(一学年)
    ア、 関東軍長城線を突破す(4月10日)
    イ、 京三中創立二十五周年記念行事、衣笠山麓で盛大に行わる(11月)
    ウ、 皇太子殿下ご誕生(12月25日) 日本国中慶祝一色に沸く。

 (2) 昭和9年(二学年)
    ア、 満州国に帝政が実施され、清朝の最後の皇帝(ラストエンペラー)満州国皇帝に就く。
          (3月1日)
    イ、 室戸台風が関西を襲う(9月21日)
          気圧912ミリバール、死者行方不明3,036名、全壊流出4万戸、前夜来の暴風、
          異常に強くなり、博物の時間だった。窓外では屋根瓦が紙片の如く空に舞う。全く
          処置なく、ただ風の納るのを祈るのみ。約45分位で納まり、外に出て被害の凄さに
          驚く。北山の赤松、枝葉落ち、赤い幹が露出し廃材の山と化す。平屋の教室が傾き、
          もう一荒れすれば倒壊するところだった。
    ウ、 ベーブルースを容する米プロ野球団来日、日本選抜軍を子供扱い、その強豪振り発揮す。
          (11月2日) ただ、三中隣りの京都商業のエース、沢村投手の天才振り発揮、米軍を
          驚かす。 思えば日本プロ野球の夜明けだった。
 (3) 昭和10年(三学年)
    ア、 満州国皇帝来日(4月6日)
          当日、全校生は都ホテルのバルコニーに立つ皇帝に旗を振って歓迎す。 数年後の
          彼の運命を知るよしもなし。
    イ、 夕刊小説、吉川英治作「宮本武蔵」の連載始まる。(8月25日)
 (4) 昭和11年(四学年)
    ア、 青年将校、クーデターを図る(2月26日)
          下士官兵1400名を率いて首相官邸内大臣、蔵相等を襲う。東京は2月27日より
          7月18日迄、戒厳令下に置かれる。2月29日、反乱軍が帰順するまでは紆余曲折が
          あったが、結局クーデターは失敗。責任者は処罰され納まったが、其の後は国の政治
          、軍事に軍の影響が大きくなっていった。
    イ、 第11回国際オリンピック開始。ベルリンにおいて盛大に行われる。(8月1日)
          日本からは選手団179人参加、跳躍、水泳で大活躍した。「前畑ガンバレ」のラジオ
          放送でのアナウンサーの声は今も耳朶(ジダ)に残る。
    ウ、 日独防共協定調印さる。(11月25日)
          当時のヒットラー率いるナチスドイツの迫力は目覚しく、広田首相は遂に調印に踏み
          切った。
 (5) 昭和12年(五学年)
    ア、 神風号渡欧に出発。(4月6日)
          4月9日ロンドン着、操縦士飯沼氏一躍スター扱いになる。
    イ、 双葉山に横綱免許下りる(5月25日)
    ウ、 海軍、南京に対し渡洋爆轟(バクゴウ)開始す。(8月16日)
          当時としては画期的壮挙で列国も驚嘆す。国民はニュース映画で熱狂す。
    エ、 日中両軍盧溝橋(ロコウキョウ)にて衝突。(7月7日)
    オ、 日中両軍上海で交戦。(8月18日)
    カ、 日本陸軍杭州港に上陸。(11月5日)
    キ、 上海、南京占領す。(11月12日、13日)
                                      
京三中29回卒  松原 健次郎   
 
    


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