【 会員便り 第5回 】
          
 今回は山城高校第19回卒業 鈴木 貞雄さんに登場願いました。
鈴木さんは在学中、 サッカー部で活躍され、現在(株)鹿島アントラーズFCの常務としてご活躍中です。

    

〔掲載順〕 〔掲載日〕 〔卒業年〕 〔卒業回数〕   〔 氏 名 〕       〔タ イ ト ル 〕
第 5 回 2008.10. 1 S42年 山城高19回  鈴木 貞雄     継続は力なり

 


















    継 続 は 力 な り  

西京極競技場にて、
本社と連絡を取る
鈴木貞雄氏 
 ふるさとを離れて幾歳月。いまなお母校・山城高校在学中の恩師を生涯の師と仰ぎ、敬愛の念を抱き続ける男がいる。その名は鈴木貞雄さん。今年7月15日、還暦を迎え、ますます紳士然としてサッカーひと筋?の意欲に燃えている・・・。
 現、山城高校、谷野二郎校長とは嘉楽中学校の同窓生でもある鈴木さんは山城高校在学中、サッカ−部に所属し、夏のインターハイ(青森)ベスト8にGKとして貢献。卒業後は、当時主将を務めていた北川幸雄さんと共に早稲田大学第二文学部に進学。大先輩の二村昭雄氏(山城14回卒、現山城サッカー部OB会長)をはじめ、釜本邦茂氏(山城15回卒、日本サッカー協会副会長)らを輩出した一流校で、腕ならぬ“足”を磨く。4年間はスーパーサブのままでしたが、山城健児の向上心と忍耐力で『わせだ魂』を吸収。 昭和46年4月、住友金属工業グループ・共同酸素株式会社(和歌山)に入社。
 サッカー部に籍を置くも選手としての戦績は振るわなかったが『わせだ魂』を貫いた指導力を発揮し、出世街道を一直線。平成8年4月、同グループの“常勝”鹿島アントラーズFC(J1リーグ)に転勤。ここでも地道な努力が実り同17年、常務取締役に就任。翌18年4月、茨城県立カシマサッカースタジアム所長を兼務し、現在に至る。
 ご存知の森貞男先生(現京都三中・山城高同窓会会長)を生涯の恩師と尊敬、「継続は力なり」を座右の銘とし、アレックス・ファーガソン(マンチェスター・ユナイテッド監督)著の『監督の日記』が愛読書の中の一冊という。
 「京都、神戸、G大阪と、我が鹿島アントラーズがアウェーで対戦するゲームには同行します。昨年、京都はJ2だったので僕の出張はその分減りました。セレッソ大阪もJ1に昇格してくれたら関西出張が増えて嬉しい」とは、まだまだ若者には負けたくないという鈴木さんの本音。古希(70歳)に向かって、血気盛んな今日この頃です。
 ふるさと・京都を離れて今年で42年目。現在、茨城県鹿嶋市在住で、家族は敏恵夫人と2男。 (瀬川 記)

サッカー部同期生
 鈴木氏(後列右端) 森先生(前列右) 
 

同級生と鈴木氏(左)
<近況報告>  
 
 
 まずは今年4月19日に山城高19回卒業生が集い『還暦同窓会』が盛大に開催されましたことを心からお喜び申し上げます。業務の都合にて残念ながら参加することはできませんでしたが、会場より携帯電話(サッカー部同期生・瀬川司さん提供)にて楽しい歓談の様子をリアルタイムでお聞き致しました。幹事の皆様におかれましては大変ご苦労様でした。
   さて、私もこの7月に無事還暦を迎えることができました。そして、いまなお山城高校時代に教えを授かった“サッカー”を職業としておりますことに感謝するところであります。サッカーに興味をお持ちの方はご存知かと思いますが、鹿島アントラーズは国内最強のクラブ。私の自慢はアントラーズ保有の総てのタイトル11冠を選手と共に獲得したことです。こんな嬉しいことはありません。本当に冥利に尽きる有難いことです。    
 山城高校在学当時のサッカー部部長・村山康裕先生、同監督・森貞男先生との出会いと、諸先輩が築いた伝統、名声に支えられ、微力ではありますが、好きな道を歩き進んだ結果、まさに『継続は力なり』の心境です。近い将来、また京都に戻ります。その時には“還暦同窓会”を企画して頂いた中村(旧姓田中)美知子さんをはじめ、中学からの同窓生、前口精一郎くん、川本晴海くんら皆様と語り合えることを楽しみにしております。
                                以上

サッカー部時代(前列左端が鈴木氏)  
 
           平成20年10月吉日    

               鈴木 貞雄
 
 

     


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